中村拓己氏がK-1プロデューサーに就任!宮田充プロデューサーからバトンタッチ

2018.12.17

 12月17日(月)東京・新宿区の「GSPメディアセンター」にて記者会見が行われ、K-1・Krushの解説を務める中村拓己氏がK-1プロデューサーに就任することが発表された。

 会見には中村氏と2016年9月からK-1プロデューサーを務めた宮田充氏が揃って出席。宮田氏よりプロデューサーをバトンタッチする経緯が説明され、新たにK-1プロデューサーに就いた中村氏は今後の抱負を語った。両者のコメントは以下の通り。

宮田充氏
「2016年9月からK-1プロデューサーを務めさせていただきましたが、この度、中村拓己さんにバトンタッチさせていただくことになりました。私も今後はK-1実行委員会の一員として中村さんをバックアップして支えていこうと思っております。ファンの方にはお伝えしていないんですけど、今年に入ってから、イベントの運営の仕事も20代の若いスタッフにどんどん任せることをK-1としてもテーマにして行ってきました。

 そういう意味では私は50歳で“100年続くK-1”という中で、どこかのタイミングでバトンタッチしないといけないと常に思っていました。Krushも11月大会で10周年で、K-1 WORLD GPも12月の大会を非常に良い形で終え、2019年もK'FESTAに始まって盛り上がるスケジュールをみんなで考えているとこで、このタイミングが一番いいんじゃないかということで決定となりました。

 これまで沢山のファンの皆さん、関係各位の皆さん、自分を支えてくれた皆さんに深く御礼申し上げます。2019年以降のK-1もさらにパワーアップしていくと思いますので、どうぞご期待ください。

(中村氏が新プロデューサーに選ばれた経緯は?)K-1実行委員会のメンバーの中で全ての事柄が決定していきますので。ジムの代表者も若返っていて、選手もアマチュアからどんどん若い子が出てくる。やっぱりイベントというのは若い子の発想でやっていくのが一番正しいと思う。ファンの人もどんどん若いファンが会場に来てくれる中で、中村さんは格闘技に対する愛があり、情熱を燃やして、ジムさんや選手やスタッフと一緒に先頭に立つのにふさわしい人物だと思っています。

 中村さんは福岡出身、僕は熊本出身で同じ九州男児で熱いものを感じますし、ライターの頃からお付き合いさせていたいだいていて、凄い勉強家でもある。マスコミ出身でスーツを着てこういう立場というのは、最初は不慣れかもしれないですけど、しっかりやり遂げてもらえる男だと思っています。

(プロデューサーとして一番思い出に残っていることは?)僕も90年代からプロデューサーをやらせてもらって、色んな転機がありました。元々Krushというイベントが立ち上がった時も経緯もあって…K-1プロデューサーにならせてもらってからの2年3カ月は、表に立たせてもらって会見をやったり乱闘を止めたりとか(笑)。色んな事があったんですけど、僕は興行という仕事が好きでやっていて、下働きしている時も楽しいし、“100年続くK-1”というスローガンでどんどん伸びていく良い時期の2年3カ月をやらせてもらったことについては凄く感謝しています。

 特に初めての大阪大会を大成功で終えることが出来て、それが自分の節目というか。バタバタしている状態ではなく、凄く良い状態で3月のK’FESTA.2に向けて突っ走っていくというタイミングなので。僕としては良い転機にしたいなと思ってます。

(今後の宮田氏の役回りは?)興行の仕事は一杯あって、僕も来年51歳になるんで、やっぱり若いスタッフを盛りたてる。それとジムや選手との向き合いは変わらずやらせてもらうことになります。ただアマチュアから若い選手がどんどん伸びていくし、そうなると若いスタッフが向き合っていく方が良い。僕だからできることは何だろうと考えているところですね。K-1が飛躍していく力になりたいですし、ならなきゃいけないと思う。自分なりに培ったものは中村さんはじめスタッフのみんなにバトンタッチして受け継いでいきたいです」

中村拓己K-1プロデューサー
「この度K-1プロデューサーとして仕事をさせてもらうことになりました中村です。自分は元々格闘技マスコミ・ライターの出身で、2010年からKrushの解説をやらせてもらっていました。その流れでKrushの公式サイトの仕事やパンフレットの仕事もやらせてもらっていて、2014年からはK-1の解説、パンフレット執筆、K-STYLESというフリーマガジンの編集、公式YoutubeチャンネルのMCの仕事もやらせていただいていました。

 その中で、秋頃に『K-1実行委員会のメンバーになってプロデューサーの仕事をやってみないか?』という話をもらいました。自分はマスコミ出身なので、興行のことは正直まだわからないこともあったんですけど、色々勉強させてもらって、ちょっと不安な部分もありましたけど、ここは一歩踏み出す勇気をもって新しい仕事にチャレンジしたいと思って、この仕事を受けさせていただきました。

 形としては自分がK-1プロデューサーとして仕事をするんですけど、引き続き宮田さんには色々お手伝いしていただくことになると思いますし、これからもK-1実行委員会のメンバーとしてK-1をより良いものにして、“100年続くK-1”を実行に移せるように頑張って行きたいと思います。

(プロデューサーとして今までと変えていきたいことや方針は?)まだ実行委員会のメンバーになって日が浅いんですけど、皆さんと仕事をする中で、僕は“100年続くK-1”という目標と今までやってきたK-1実行委員会の運営スタイル、ジムがあってアマチュアがあって、そこから選手が出てきてKHAOS・Krush・K-1というピラミッドの頂点を目指すというコンセプトに共感したのが、この仕事を受けた一番の理由です。

 今まで2014年からK-1実行委員会がやってきた方針は変わらず、僕はその方針を受け継いでやって行きたいという気持ちです。その中で細かいところで新しいことに挑戦したり、もっと多くのファンに楽しんでもらえることもやってみたいということはありますけど、今までK-1実行委員会でやってきたことを変わらずやって行きたいですし、それをもっと大きなものにしていって、今のK-1を応援してくれているファンの皆さんにももっと楽しんでもらえるK-1 JAPAN GROUPを作っていけたらと思っています。

(K-1プロデューサーとして初の大仕事が3月のK’FESTA.2になるが、来年はどういうK-1を作りたい?)お話していただいたとおり、まず3月10日に『K’FESTA.2』があるので『K’FESTA.1』よりも沢山のお客さんが来る、沢山の人に見てもらえるイベントにするというのが直近の仕事になると思います。今まさにK-1実行委員会のメンバーと話しているところなので、どんなラインナップになるかは近々発表できると思います。2018年は大阪大会がありましたし、2019年は今までよりももっと色んなところでイベントがやれるように、K-1が大きくステップアップする1年に出来たら良いなと思っています。

(K-1大阪大会で武尊選手が『実現したい』と発言していたカードについてはどう思っているのか?)まさか自分がプロデューサーになるという話が出た時に、あんな発言があるとは思わなくてびっくりしたんですけど、マッチメイクのことや選手のことは、宮田さんからもお話があった通り、実行委員会のメンバーで話し合って決めています。僕がプロデューサーになって全部、あれやれ、これやれ、という話ではありません。

 選手の発言を受けてこれからK-1実行委員会で話し合うところはあると思いますが、自分としては、今までやってきたK-1のスタイルは変えることなく、その中で話し合えることだったり、調整できることを考えていけたらと思っています」